視点

 キャンパス内の一角、柔らかな日差しが注ぐ場所に寝転ぶ。芝生の青い匂いと、少し肌に刺さる葉の鋭さが心地良い。授業の狭間、小さな飛行機が空に不確かな線を引いている。かけていた赤縁の眼鏡をしまい、瞼を閉じる。引きずり込まれる乱暴さではなく、緩やかに滑り落ちていく感覚は大切だと思った。

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 硬い床の上を歩く音がした。相変わらず黒い空間に、赤色がひとつ。音は一定の時間響いては消える。歩みは止めない。癖になるので独り言は言わないと決めている。暫く進むと、四角に切り取られた場所が現れる。中を覗き込むと、砂地にかすかな足跡が見え、私はその場所に足を踏み入れる。白色が眩しい。

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 眩しい部屋に独りで立っている。左手には切花がひとつ、握られていた。花びらは油絵の具に塗れて息を止めている。ぽたり、鮮やかな雫が落ちる。その様子を自分は黙って見ている。奴も同じ様に何も言わず、いつもと変わらない顔をして立っていた。やがて溜まった色は塊となり、生き物の様に這い出した。

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 「認めるのが怖い」と彼は言った。冷えた空気が漂い、窓の結露が淡く跡を残す。ストーブは熱量と唸る音で辺りに存在を知らしめ、ものの形は鮮やかな橙色で縁取られている。僕は繋がれる言葉を零さないように書き留め、眼鏡の奥の瞳を見る。差し伸べた手が片隅にでも写っていたのなら良かったと思う。

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